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2004/02/28

Recurring Nightmare 第3話「Mirror Strike」

   1


「DEMONBANE……デモンベイン?」
 魔を断つ者デモンベイン
 それが、衛宮士郎の声に応えた者の名だというのか。
 それが、理不尽への怒りを持って立ち上がる何者かだというのか。
 脳に刻まれる情報。理解できる。自分は何か巨大な人型の中にいる。胸部より響くエンジンから全身へと渡る膨大な魔力の流れ。動くたびに満身創痍の機体があげる悲鳴のような金属の擦れ合いは、どこか竜の咆吼にも似て。
「お前が……俺に力を貸してくれるっていうのか?」
 否。
 お前のあの叫びは、むしろ俺の物なのだと宣言するように力強く屹立し、眼下の魔術師を睨みつける。
「そうか……お前に、俺が必要なんだな?」


「然り!」
 その様をずっと見つめ続ける者がいる。
 そうなるよう、運命を変えた女がいる。
 その歓びを全身に顕して嗤う邪悪がいる。

「それが魔を断つ者。神殺しの刃。機械仕掛けの神、デモンベイン。本来、君が及ぶべくもない邪悪に立ち向かう《神》の愛機さ。大切に扱ってくれよ? けれど遠慮もしちゃいけない。彼らは正義の味方が邪悪と戦って傷つくのを誇りこそすれ、責めること等ないのだから」
 ナイアは、砂浜に突っ込んで大破した旅客機の残骸に腰掛けて、青き巨神を懐かしげに、愛おしげに、忌々しげに見上げている。
 死体の群れ、瀕死ながらまだ生きている人間がいることなど気にもしていない。そして彼らも、彼女には気付かない。
「しっかし、そんな本でよく動かしたもんだ。ほんとは助けてあげようかと思ったんだけどね?」
 そう言って苦笑しながらナイアが手をかざすと、目の前の空間に数冊の本が浮かぶ。
 無銘祭祀書。セラエノ断章。ヴォイニッチ写本。エイボンの書……そして、死霊秘法ネクロノミコン
「君が読めるように、全部英語版を捜してきたのにさ……ちぇっ」
 愚痴を言いながらも、ナイアの声には残念そうな響きがない。むしろ、玩具の新しい遊び方を見つけた時のような、嬉しげな声で、彼女は笑う。
「ちょっと壊し過ぎちゃったからねぇ。後で持ち主に怒られるのが怖いんで、せめて魔導書くらいはまともなのをあげようと思ったんだけど」
 ふっと手を振って、目の前の魔導書を消す。
「さあ、見せておくれ、君の戦いを。半壊した鬼械神デウス・マキナ、記述の曖昧な死霊秘法ガイドブック、1つのこと以外はとことん未熟な魔術師ジェレイター。継ぎ接ぎだらけでも、こうして三位一体が揃ったんだ。であれば、君の誓いを阻める者なんかいないさ」


 ティトゥスは、突如とて動き出した鬼械神を惚けたように見上げながら、胸の裡に闘争の歓喜が広がってゆくのを感じた。
「……く。くくく」
 笑いが堪えきれない。
 何故、最初に確認した時には搭乗者がいなかった青い鬼械神は今になって動き出したのか。
 余所から魔術師が忍び込んだのか、それとも最初から隠れていたのか、はたまた考えにくいことだが、偶然、そこらに転がる半死人どもの1人が魔術師で、偶然、ティトゥスの目を盗んでコクピットへと入り込める場所に倒れていて、偶然、鬼械神を扱える程度の負傷だったとでもいうのか。
(そんなことはどうでも良い)
 そう、それは無意味な詮索というものだ。
 感じる。鬼械神としてはあまりに微弱というしかない魔力。だが、それでいて激しい敵意。静かに燃える怒り。確かに伝わる戦士の鼓動。
「さて、その半壊した鬼械神でどれほどやれるか知らぬが……退屈させてくれるなよ」
 もはや、ティトゥスの頭には目撃者がどうこうといった些事など、微塵も存在しない。
 あるのは、待ち望んだ勝負の機会への喜びと感謝。それは感動とすら言って良い。

「はっ!」
 ティトゥスは、気を調え、裂帛の気合と共に刀を何もない空間へと振り下ろす。
 いかなる業か、それとも魔術的な効果なのか、そうして生まれた空間の裂け目に手を伸ばし、引っ張り出されたのは、一冊の本。
 ティトゥスはその本に手を添え、それが持つ最大の魔術を発動させる。
「屍食教典儀が鬼械神、皇餓――参る」

 爆発するように、閃光が飛び散った。
 事実、その場は爆砕している。直前まで存在しなかったある筈のない質量と体積が、本来そこにあった筈の空気や塵を押し出し、或いは軋ませ、破壊し、そうして空間を占拠する。
 その一瞬ののちには、目の前にいる青い鬼械神とほぼ同じサイズの鬼械神が立っていた。
 巨大な刀を二振り背負った黒い鎧武者、皇餓。
 魔導書《屍食教典儀》を用いて招喚するティトゥスの鬼械神である。

 対峙する両者の間合いは至近距離といっていい。
 敵は何に戸惑っているのか、こちらに反応できずにいるが、流石に待ってやるほど甘くはない。
 ティトゥスは皇餓に右の刀を抜かせ、そのまま袈裟斬りに振り下ろす。
 慌てたように青い鬼械神は後ろに飛び退いて刀を躱すが、バランスを崩して仰向けに転倒する。
「ふん、操作に慣れておらぬのか?」
 それは、少々拍子抜けだ。ただ戦えれば良いというものではない。戦う相手は強者でなければ。
 そのまま無造作に踏み込んで第二刀を振り下ろす……が、その瞬間、青い鬼械神は脚を横に振り、足払いをかけてきた。
「ぬ――」
 咄嗟に跳躍して躱す事には成功したが、そのせいでこちらの攻撃も命中していない。
 敵は距離が開いた隙に立ち上がり、再び後ろに飛び退いて構えを取る。
「……ふむ。成程、旅客機の乗客から拙者を引き離す算段であったか」
 小賢しいという他はないが、邪魔な物がない方が戦い易いのはティトゥスとて同じ事。それで相手の全力が出せるというのなら、と相手の策に乗ってやることにした。


「く――重いっ!」
 士郎は、魔導書《ネクロノミコン新釈》が脳に伝えてくるデモンベインのステータス情報に頭痛を覚えながらも、なんとか無事な部分を使っての操作に成功していた。
 鬼械神の操作法は、脳に直接刻まれるようにして送られてくる情報から、すぐに理解できた。
 要するに、これは大規模かつ強力な魔導具マジック・アイテム、或いは宝具なのだ。操作に適した魔導書を設置し、相応の魔力を持つ魔術師がいれば、その鬼械神の心臓部のエンジンユニットから指先に至るまでを動かす、という魔術を勝手に実行してくれるというわけだ。それも、操縦席にいる魔術師から引き出した魔力を数倍から数十倍に増幅して。
(そりゃ凄い)
 ある種の皮肉混じりに、そんなことも心中で呟いてみる。
 そう、凄い機構なのだ。きっと普段一緒にいる相方とおさかなら、感激して1週間くらい研究に没頭してしまうかもしれないくらいのものだ。……構造そのものは。

「武器! 武器は!?」
 各部から悲鳴のように次々と伝えられるエラーメッセージを、怒鳴りつけて黙らせようとでもいうかのように士郎の声が響く。いや、むしろ士郎の声の方が悲鳴に近いかもしれない。
 それに反応して、スクリーン――戦闘の邪魔にならないようにだろう、先程から横に移動している――に映る情報が次々と切り替わる。

 右掌溶解のため、第一近接昇華呪法使用不可
 脚部シールド破損のため、断鎖術式使用不可
 ……

「なんだそりゃ、溶解って。指関節は握れるのに何やったらそんなことになるんだか……て、使えないのは良い! リストは整列ソートして、現在使用可能な武器を表示」
 十行以上に渡るリストが削除され、「頭部バルカン使用可能」と表示される。
「あとは勇気だけだってかこんちくしょう!」
 仕方なく、右に左に動き回りながらバルカンを撃ち続ける。が、敵の黒い鬼械神、皇餓はある物は躱し、ある物は装甲の厚い部分で受け、さらには両手に握られた二振りの巨大な刀を信じられない速度で振るい、弾いている。
「全然効いてないな……」
 初めて鬼械神を起動させた戸惑いも興奮も感動も、既にない。なんとか転ばずに距離をとり続けるのと、血を流しすぎたためだろう、朦朧とする意識を繋ぎとめながら、脳を自分の見たこともない魔術式――鬼械神の制御に関するものだろう――が電流のように駆け回るのを必死になって追いかけるだけで精一杯だ。
「貴様、逃げ回るだけか!」
 隙を突いて、再び二刀が迫る。
 餌を補食するカマキリを思わせる攻撃。皇餓のサイズが50メートル弱であることを差し引いてもなお巨大といえる刀は、使い手の業なのか鬼械神の性能なのか、まるでナイフのように軽々と空を裂きながらデモンベインを狙う。
 しかし、バルカンをいなしながらの接近であるため、なんとか回避するだけの余裕があった。それでも、胸の装甲を僅かとはいえ持って行かれたあたり、ジリ貧を感じさせる戦力差ではあったが。
(……このままじゃ、いずれ直撃を喰らう)
 理解できる。皇餓が持つあの二刀はまともに喰らっては駄目だ。状態が万全ならば別だろうが、こいつは術者よりもさらに重傷だ。動いていること自体が奇跡に近い今、1度でも大きなダメージを受ければ即座に敗北が確定する――!

「う――ああぁぁぁぁっ!」
 悲鳴じみた雄叫びをあげながら、ひたすらにバルカンを掃射し続ける。全弾当たったところで致命傷を与えられるとは思えないが、無視できないものだと敵が感じている限り、攻撃をある程度封じることが出来る。その間になんとか打開策を――
 カチ、カチ。
 しかし、突然、弾の雨が止み、頭部から嫌な音が伝わってくる。
 背筋に悪寒が走り、スクリーンに横目を走らせれば、「残弾0」の表示。
「しまっ――」
 思った時にはもう遅い。
 二刀流の鎧武者は、既に必殺の間合いに踏み込み、得物を振り下ろしていた。


   2


『えり。エリ。ELLI――』
 暗い海底の景色に飽きてぼんやりしていた神足えりは、自分を呼ぶ声に、半ば微睡みの中にいた意識を覚醒させた。
「え、パパ?」
 言うと同時に、違うと気付く。
 既に父が他界している、ということもあるが、同時にその声が馴染み深く、聞き慣れたものであるとともに、今の状況を思い出したからである。
「ごめんなさい。やっぱり、寝惚けてる時に聞くと紛らわしいわね」
『すまないえり。しかし、君の記憶にある声では、これが最も君を安心させるらしい。ミツヨリの声を使っても良いのだが、それだと、君は時折心拍数が不規則になってしまうようだから戦闘には向かないと判断したのだ』
「い、良いのよそれで。それだけは絶対にやめてね。どっちにしたって紛らわしいのは確かなんだから」
 慌てて愛機《ヴァルナ》に応えながら、えりは頭を整理しつつ、現在地を確認する。
「赤道はとっくに越えたのよね。目的地は分かったの?」
『ああ、日本だ。といっても君の故郷からは少し離れている。日本海側だな』
 スクリーンに世界地図を表示し、徐々に拡大してゆく。海上と陸地、海岸にほど近い地点に、小さな五芒星型のマークが付いている。
「そっか。じゃ、どうするの?」
『飛び越えていけば早いのだが、そうすると軍のレーダーに捕捉されるだろう。短時間なら撹乱も出来るが、直接視認されては意味がない。遠回りになるが、このまま海底を進んだ方が安全だろう』
 ヴァルナは、えりの「軍には出来るだけ見つかるな、戦うな」という方針に従い、地図に予定のルートを書き加える。

「分かったわ。それで……《門》だっけ? 変化はない?」
 納得したえりは、次に彼女らのリーダーである、坊門啓の指示にあった目標について訊ねる。
「いや、変化はかなり起きた。50メートル級の物体が異界から転送されたらしい。それに、《門》を監視していた鬼械神が1機、近くを通った旅客機を撃墜している」
「そんな!?」
 急なことに、えりは悲鳴をあげる。
 その可能性を示唆されてはいたが、やはり「敵」は無関係の人間のことなど何も考えていないらしい。
 怒りに、唇を噛む。それと同時に、深い悲しみがある。
 どうして、そんなことをするのか。それをやったのは鬼械神、つまり魔術師だ。彼女らが戦っている本当の邪神てきではなく、彼らは人間だというのに。
 同じ人間が、恨みも怒りも利害の反発すらなく、恐らくはただ邪魔だからと殺してしまう。そこまで心をなくしてしまっているのがたまらない。

『優しいえり。すまない。それが起こった時にはわたしの力の及ぶ範囲になかった』
「――っ、い、いいえ。あなたのせいじゃないわ。気にしないで。それで目的地にはどれくらいで着くの?」
 撃墜された、というのなら生存者の存在は絶望的だろうが、可能性はゼロではない。だったら、救助の人間が入れるように、せめて鬼械神は急いで排除せねばならないだろう。
『加速したから、予定ではあと30分ほどだ。――えり、再び状況が変化した。今、戦闘が始まったようだ』
「え? 誰と誰? わたし達の仲間じゃないよね?」
 ぎょっとする。一体何事だろう。他にも敵対者がいたのか、それとも魔術師が軍隊か警察とでも衝突したのか。はたまた仲間割れか……
『魔術機の反応はない。両方とも鬼械神だ。生死不明ではあるが、倒れている人々を片方は守っているように見える』
「え、生きてる人、いるかもしれないんだ。それじゃ加勢しよう。映像出せる?」
『分かった』
 えりの言葉に応えて、ここではない映像がスクリーンに映し出される。海岸には旅客機の残骸、そして、死体、死体、死体――
「う」
 望遠ではない、特殊な遠距離視覚を持つ魔術機《ネクロノーム》が映し出すリアルな映像に、えりは悲鳴をあげそうになる。
『すまないえり。気分がよくないなら映像は消そう』
「い、いいえ。そこで実際にあってることだもの。目を逸らす訳にはいかないわ。それで、鬼械神は? ……あれね」
 墜落の現場から少し離れたところで、確かにヴァルナの言うとおり、2機の鬼械神が戦闘している。

「なにあれ、ほとんど壊れてるじゃない。もう片方の鬼械神にやられたの?」
『いや、あれは戦闘を開始する前、《門》から出現した時から半壊していた。あまりに反応が弱かったから、起動するまで鬼械神だと気付かなかったほどだ』
 そしてどうやら、その不利な方が乗客を守っているらしい。
「それじゃ、急がないとね。――どうしたの?」
 えりは、ヴァルナの声にどこか思い悩むような感触を感じて、訊ねてみる。最初は分かり難かったパートナーの心の機微も、今では敏感に感じ取れるようになっていた。純粋に、ヴァルナの感情が豊かになったこともあるが。
『……わたしは、あの青い鬼械神を知っているかもしれない』
「え?」
 それは、驚くべき事だ。なにせ、ネクロノームは5機すべて、今まで数万年は眠っていたはずなのだ。それが、異界より出現したという、半壊した鬼械神を知っているというのか。
『……恐らくだが。直接戦闘したことはないが、我々を創造した《古きもの》の情報にある1機の鬼械神と特徴が酷似している。《旧支配者》、特に力のある種族、神と呼ばれる存在を地球から駆逐した《旧神》の盟主。その旗印ともいえる存在に』
「そんな……それじゃ、神様ってこと?」
 それは、どういうことなのか。それが本当なら、海岸で行われているような戦闘にはなるまい。鬼械神など、所詮は人間の操る兵器の延長線でしかないからだ。相手になるはずがないし、そもそも、あれほどの傷を負う相手というのは何者なのか。
『これも推測だが、搭乗者と魔導書が違うのだろう。魔力値は平均的な鬼械神と比べてもかなり低い。何が起こったのか分からないが、とにかく鬼械神だけがこちらに放り出されたのだろう』
 何がなんだか分からない。情報が増えるたびに、謎が深まっていく気がする。
(坊門さんは、知っていたのかしら?)
 可能性はどちらもある。もともと勿体ぶった物言いをする人だし、神々の思惑など、自分自身で確信が持てていない事に関しては余り口にしたがらない。「何でも知っている」という顔をするのが好きな男なのだ。
 とにかく、戦っているのが神でないのなら、やはり助力が必要だろう。今できることは、その場へ急行することだけだ。

「あ……駄目っ!?」
 しかし、映し出されている戦闘は、かなりまずいことになりつつあった。
 もともと武器という武器が使えないらしい青い鬼械神は、頭部からの射撃でなんとか逃げ回っていたが、黒い鬼械神もその攻撃に次第に慣れてきたらしく、刀が届く範囲に接近することも増えてきた。
(このままじゃ、間に合わないかもしれない)
 そう思い、発見されるリスクを無視して海上に出て加速するよう、えりが愛機に伝えようとした時。
「きゃぁぁっ」
 思わず、手で目を塞いでしまった。
 それほどに決定的な瞬間。弾を撃ち尽くして呆然としているのか、一瞬、動きが止まった青い鬼械神に、黒い鬼械神の2本の刀が同時に振り下ろされたのだ。
 しかし。
『えり。心配はいらない。まだ決着はついていないようだ』
「――え?」
 ヴァルナの声に、おそるおそる手をどけて、目を開けてみる。
 スクリーンには、意外な光景が広がっていた。


   3


「な――!?」
 取った。
 そう確信した同時の二撃だった。
 つかず離れず、意味のない無駄弾をバラ撒くだけの戦法とも言えぬ戦法に苛立ちながらも、油断も手加減もした覚えはない。
 弾が尽きたと見るや、次の一手など許さぬと神速で踏み込んだ皇餓の二刀は、防ぐ物を持たない青き鬼械神を両袈裟に切断するはずであった。
 なのに、何故、必殺の筈の二刀は、目標に届くことなく止まっているのか。


 黒い鬼械神の二振りの大刀は、士郎の乗る青い鬼械神が掲げ持つように振り上げた、半透明の「何か」によって受け止められていた。

 ――武器がない? なんという間抜けな言葉か。

 鬼械神の両手にそれぞれ握られているらしいそれは、少しずつ、絵の具を垂らすように色を付けてゆく。

 ――ジリ貧確定の戦力差? 馬鹿な、そんな物がどこにある。

 次第に輪郭がはっきりしていき、それらが二本の短剣だと分かるようになる。
「む――これは」
 敵の魔術師の声が聞こえる。だがもう関係がない。

 ――鬼械神が魔術で動き、同時に操縦者の魔術を増幅して外界に働きかける戦闘機械であるのなら。

 魔術師である衛宮士郎に、固有の武器など必要ない――!

「――投影トレース完了オフ

 士郎の言葉じゅもんと共に、双剣が完成する。
 左手に握られた、太極を鍔にあしらった黒き片刃の陽剣、干将。
 右手に握られた、干将と鏡映しの形状にして色だけが反転した白き陰剣、莫耶。
 衛宮士郎がこの世で2番目に憧れた男が生涯の友とした双剣が、本来の20倍を優に超えるサイズでデモンベインの両手に握られて、二刀を受け止めていた。

「なんと――」
 皇餓を操る魔術師は流石に驚いたのだろう、後ろに跳んで距離を取ろうとする。が、折角の隙を逃しはしない。
 先程の皇餓の踏み込みもかくやというスピードで追いすがったデモンベインは双剣を振るい、刀に直接叩きつけるようにして敵の得物を弾き飛ばす。
「もらった――!」
 そのまま勢いに乗って胴体に双剣を突き立てようとするが、今回は先の打ち込みとはちょうど逆の形を取ることになる。

「!?」
 デモンベインの双剣を、皇餓の二刀が受け止めている。確かに取り落とした筈のその両手に持って。
 落とさせたのは何かの幻覚だったか、と思った矢先、互いの両側でドオン、ドオンと巨大なハンマーで地面を叩くような低い音が2回鳴り響く。
 横目で確認すれば、確かに、皇餓の刀だった。間違いなく、さっきデモンベインは皇餓の武器を弾き飛ばしたことになる。
「武器を失うことがハンデにならぬのは、こちらも同じよ」
 その言葉とともに、地面に転がった刀は役目を終えたかのように消えてゆく。
「く――」
 つまり、敵にも似たような武器の作成手段があるというわけだ。仕組みは投影魔術に近いが、おそらくは魔術師ではなく魔導書の機能だろう。視認することで武器を魔術解析する士郎の眼は、新しい二刀はそれを持つ鬼械神、皇餓と同じ材質でできていると看破する。

「……なんだ?」
 と、妙に激しい魔力の消費を感じて、鍔迫り合いの状態から相手を弾き飛ばすように押し、背後に跳躍して間合いを取る。
 見れば、双剣は少しずつ砂になって風に飛ばされ消えていき、その端から新しい投影によって干将莫耶が生まれている。まるでライトが点滅しているようだ。
「……そうか。大きすぎるんだ」
 すぐに理解する。これは剣のサイズによる問題だ。といっても、大きな剣を投影したから余計な魔力を消費した、というレベルの問題ではない。

 士郎が得意とする投影魔術は、己が体内で精錬した魔力によって、士郎の心に記憶された剣を再現するもので、そういう意味では、魔導書が行う鬼械神の招喚と同じような理屈である。
 つまり逆を言えば、魔導書に記載された鬼械神の情報並みに詳細かつ正確なそれを、衛宮士郎は剣に関してのみ記憶し続ける能力を持っていることになる。
 であるから、投影の魔術的な手順自体は「魔力による剣製」であるが、士郎自身のイメージとしては「複製」となる。
 士郎は己の心象風景に刻まれた干将莫耶を「複製」しようとし、魔導書《ネクロノミコン新釈》はその魔術情報をデモンベインに伝え、デモンベインは増幅して己のサイズに合わせて拡大した剣を握る。
 しかし、その完成した20メートル弱の双剣は、士郎の中にある干将莫耶。機能も外見も似せられ、各部位を完璧な拡大率で再現しようとも、元の情報との違いがある限り、士郎はそれを正しいイメージの投影とは認識せず、無意識に魔術の成功を否定してしまう。記述に信頼性があるとは言い難い《ネクロノミコン新釈》は、鬼械神によって増幅された魔力値を、それが正しい値であると術者に返す機能に欠けていた。
 結果として即座に完成した剣を破棄し、新しい剣製に入る――というループが発生し、激しい魔力の消費を伴ってしまっていた。

「ちっ」
 舌打ちして、双剣の維持を放棄する。
(遠坂とセイバーに感謝……だな)
 2年前の戦いで全身を走る27本の魔術回路の開発には成功していたから、これだけで倒れてしまうような事態にはならなかったろうが、彼の魔術の師である遠坂凛の魔術講座、そして剣の師であるセイバーとの鍛錬がなければ、実戦の中でここまで冷静な判断はできなかったに違いないと感じる。
 ことによれば、いつまでもまともに完成しない剣に苛立ち、際限なく魔力を注いで自滅していたかもしれない。

「どうした。これからが楽しいのだろう。拙者を退屈させるな」
(ああ、待ってろ。すぐに楽しめなくしてやるさ)
 皇餓の操縦者の声に、心の中だけで応える。
 士郎の心に焦りはない。いつの間にか血も止まり、活力を失って満足に立つことすらできなかった脚も震えが止まっていた。床に突き刺した偃月刀を、それが操縦桿であるかのように力強く握りしめる。
 確かに、士郎の心象世界である剣の丘には古今東西の強力な宝剣、魔剣、聖剣が突き刺さってはいるものの、鬼械神用の巨大な剣は存在していないし、大きさを自在に変える能力を持った宝具もまだ見たことがない。この中から引っ張り出せば、どれであろうとやはり先程のように激しい魔力消費に苛まれ、最後にはデモンベインを動かす魔力も足りなくなってしまうだろう。
 しかし、
(剣なら、にある)
 ストックに無いならば、ちょうど良い大きさの剣を新しく登録すればいい――

投影トレース開始オン
 皇餓を、否、その手に握られた物を凝視しながら、士郎は己の中に埋没する。
 正しく物の構造を把握する士郎の眼の魔力に呼応するように、デモンベインの瞳も輝く。
 僅かなミスも許されない、極度の精神集中。
(そうだ、待っていろ)
 再び同じ事を、今度は己の操る鬼械神に対して呟く。
 どうすればこの敵に勝てるか、なんてまるで戦士のようなこと、衛宮士郎が考える必要なんかなかった。
 何故なら、戦士はここにいる。
 戦いの化身が、傷を負ってなお立ち上がる鋼の魂が、目の前の邪悪を許さぬと叫んでくれている。
 ならば、魔術師であり、生み出す者である衛宮士郎がすべき事は1つだけ。
 この魔を断つ剣デモンベインに相応しい剣製を行えばいい。

 創造の理念を鑑定し、
 基本となる骨子を想定し、
 構成された材質を複製し、
 制作に及ぶ技術を模倣し、
 成長に至る経験に共感し、
 蓄積された年月を再現し、
 あらゆる工程を凌駕し尽くし――

 デモンベインの両手には、再び武器が生まれようとしていた。干将莫耶よりも太く、長い。だが、数は同じ。斬る刀でありながら同時に尋常でない重量を以て敵を断つ黒き刃。

 ――ここに、幻想を結び剣と成す!

 両手に現れたのは、皇餓の持つ巨大な二刀。
 皇餓に対して斜めに構えたデモンベインは、右の刀を下段に、左の刀を肩に乗せるようにして上段に振り上げたままの形に据える。士郎は見たことがない筈の、ティトゥスが得意とする構えであった。


「な――」
 今度こそ、ティトゥスは真に驚愕していた。
 彼とて、《小達人》アデプタス・マイナーの位階に達した高位の魔術師である。敵の行使した魔術が分からない、等といった間抜けを晒すことはない。
 だが、理解できるからこその驚愕というものもある。
 そう、奴は今、ティトゥスにことをやってのけた。
 投影魔術師自体はそれほど珍しくはないし、投影そのものに限って言えば、ティトゥスにも可能な業である。だがそれは、今敵が行ったようなものでは断じてない。
 ティトゥスが知る限り、投影は既に書物にしか存在しないような祭器を儀礼用に一時的に模造するか、或いは美術品の贋作を古物商に売り払って後で慌てさせるのがせいぜいの、非効率的かつ非実用的な魔術だ。
 極めた術者ならば、ある程度その機能も再現し、真に迫った道具を作ることも出来るというが、その解析には通常、長い時間がかかる。ましてや戦闘中の敵が使う、さらには鬼械神の持つオリハルコンの刀を、視認しただけでその内在する魔力ごと複製する魔術師など、おそらくはアンチクロスにも、臓硯が集めた他の魔術師にもいまい。


 デモンベインが踏み出した。
 斬りかかる二刀に迎え撃つ二刀、得物が同じなら剣技も同じ。投影された刀の戦闘経験が、ティトゥスの業をも模倣する。
 上段から袈裟に振り下ろされるデモンベインの左の刀を皇餓の右の刀が払う。と同時に中段を一文字に薙ぐ右の刀もまた、左の刀で受け止められる。
 受けた皇餓は、そのまま前進することで間合いを外し、払いに使った右の刀を引き戻してデモンベインの胸を突く。が、それも読まれている。デモンベインは胸を反らしながら片脚を引いてやり過ごす。
 剣戟が始まった。
 両者、一歩も退かずただ四本の刀を打ち合わせる接近戦インファイト
 一度でも当たれば機体を両断されるしかない威力が、或いは躱され、或いは止められ、受け流され、数十合。ガンガンと響く音と飛び散る火花だけが時間を刻む。

 そのうち、デモンベインの右手の刀に亀裂が走る。
 扱いに無理があったのか、或いは投影された武器の強度はやはり実物に劣るのか。
 勝機と見たティトゥスは、皇餓に左側の攻撃に集中させ、そのままデモンベインの刀を砕く。が、そうして出来た隙に攻撃を畳み掛ける筈が、それもまた読んでいたらしい。今度は余った右の刀で皇餓の左の刀を弾き飛ばされてしまった。
「ぬぅっ!」
 すぐさま、《屍食教典儀》に接続アクセス。新たな刀を生成させて攻撃に移る――
「なんと、貴様――」
 ――筈だった。
 しかし、デモンベインは既に再投影を完了し、こちらの予測よりも遥かに早いタイミングで攻撃動作に移っていた。

「ぐうぅっ!」
 鬼械神に行わせる急な挙動に苦鳴をあげながら、なんとか間合いを取る。
 慌てて後退することで胴体への直撃は避けたが、右腕関節部の回路を斬られた。
 数ある鬼械神でも瞬発力に特化した皇餓故の回避だったが、再生能力は高くない。本体部分へのダメージの回復は、武器ほど簡単には行えない。となれば、勝利するためには「奥の手」を使うしかないのだが……
「――チ。良いところで厄介なのが」
 2機が戦っている海岸、そこから離れてはいるが、かなりの速度で接近する1つの巨大な魔力反応がある。サイズこそ鬼械神の3分の1程度ながら、有する魔力は―級の鬼械神にも匹敵するそれは――
「……魔術機ネクロノームか。坊門め、やはり我等と同じく《神》を狙っておったな」
 臓硯に襲撃の可能性を示唆された時、ティトゥスが、いやその場の魔術師のほとんどが真っ先に連想したであろうそれは、本来ならばティトゥスの本命であった。本拠地の不明な、鬼械神にも似た5機の人型魔術戦闘機械を操る、彼らアンチクロスの敵対者。
 過去の大災害の元凶とされ、各国軍の標的とされながらもまんまと行方をくらまし、邪神崇拝者やそれに協力する魔術結社を散発的に襲撃しているという。
 しかし、今の皇餓の状態で戦える相手ではないし、三つ巴、下手をすれば2対1だ。いくら強者と戦うことが望みであるとはいえ、死を望んでいる訳ではない。
 それに――

 モニターから目を離し、再度、青い鬼械神を見遣る。何度見ても満身創痍。全身を走る無数の亀裂と溶解の跡。よくもその状態で皇餓と斬り合ったものだと、今更ながらに感心する。いや、それを言うなら、よくもそんな鬼械神で立ち向かうことを考えた。
 最初に見た時は敗残兵のようだと思えたその傷も、今では歴戦の戦士が勲章として誇るような、数々の強敵と渡り合いながら生き残った証に見えてくる。
 そして、その中にいる魔術師。
 おそらく、その鬼械神の本来の所有者ではあるまい。短いとはいえ戦った感触が、動作の1つ1つへの戸惑いと、実力とは別の、本調子でないような反応の鈍さを伝えてきた。
 ネクロノームにも興味はあったが、この魔術師と互いに万全の状態で戦いたい、という欲求がティトゥスの中で膨らんできたのだった。

(となれば、ここは退くが正解か)
 決断は早い。ティトゥスは皇餓に刀を収めさせ、拡声器及び通信機で、目の前で油断なく二刀を構える青い鬼械神へと声を放つ。
「邪魔が入ったようだ。この勝負預けるぞ。拙者はティトゥス、《逆十字》の末席に名を連ねる者」
「……衛宮士郎。ただの魔術使いだ」
 応える筋合いのない名乗りに、敵は思ったよりも素直に己の名を返してきた。
 思っていたよりも若く、ある種の幼さも感じさせる声だった。十代後半か、二十歳そこそこだろう。疲労を滲ませ、憮然としながらも怒りと戦意に満ちたそれは、ティトゥスの好むところだ。その声と気質を再戦まで忘れまい、と記憶に留める。
「では魔術師エミヤ、この決着はいずれ。魔術機に殺られるなよ」
 そう言い残して、出撃の際に預かった帰還用の転移術具を起動させる。
 皇餓の背後に、ティトゥスが《屍食教典儀》の招喚の際に開いた物をさらに大きくしたような、空間の裂け目が広がる。
 ティトゥスはその中へと皇餓を飛び込ませ、その場から姿を消した。


 士郎もまた、ティトゥスの言う「邪魔」の接近には気付いていた。
 デモンベインのスクリーンに何やら映し出されているのもあるが、目の前の皇餓をさらに上回る巨大な魔力は、魔力感知の得意でない士郎にも肌で感じられた。
「……ふぅ」
 皇餓が去り、安堵の溜め息をつく。
 近付いてくるのも鬼械神なのだろうか。肌触りすら感じさせる濃密な魔力は、どこか安心感を覚えさせる。直接敵対するだけではなく、その目の前で争うこと自体が気の毒になるような。
 ティトゥスには敵か味方か判断が付かないようなことを言っていたが、士郎はその魔力の感触を敵ではないと何故か確信していた。
 コクピットのスピーカーから流れる口笛が、その錯覚とも直感とも知れぬ安心感の源なのかもしれなかった。
「え……口笛? ……グリーンスリーブス?」
 力が抜けたためだろう。今まで忘れていた苦痛を思い出し、途端に身体が重くなった。
 またも、身体の中にある、士郎の与り知らぬ何かが傷を塞いだようだったが、やはりいつもの如く、体力は回復してくれない。
 士郎は、何故かコクピットにイングランド民謡のメロディを響かせる口笛を聴きながら、その場に崩れ落ちるようにして意識を失った。


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